ワークショップで子どもたちの自由な創造力に触れて

写真はワークショップの実験として長女にすぎちゃんを作ってもらっている様子
年末1年の振り返りをしながら散らかった仕事部屋を片付けている河村です。皆さんは今年の整理できましたか?
そんな振り返りのひとこま。今月初旬の12月7日、いつもお世話になっているクライアント様が運営する保育園(からふる保育園 )にて「芸術祭」が開催されました。
こちらの保育園には、日常の中にアートを取り入れる「エニタイムアーティスト」という人気の保育活動があります。
「正解(ゴール)」を目指して作るのではなく、目の前にある素材や道具に触れたときに、子どもたちが感じたこと・やってみたいと思ったことを自由に表現する。 その感情や行動そのものに価値があり、それこそが創造力の芽を伸ばすアートである、という考え方です。
今回、私は初めてワークショップを担当させていただいたのですが、そこで大きな「気づき」がありました。
「ゴール設定」という無意識の縛り
ワークショップの準備を進める中でハッとさせられたのは、「自分がいかに、これまでゴール設定ありきで創作をしてきたか」ということでした。仕事としてのイラストは、当然ながら「何かを伝える」という目的やゴールがあります。 でも、それはプライベートでも同じでした。我が子が小さかった頃、一緒に絵の具や工作で遊ぶとき、私は無意識に「完成形」を想定してしまっていたのです。 いつか子どもが「自分は絵が上手くないから……」とぼやいて、あまり描かなくなったことがありました。当時の私はショックを受けましたが、今思えば私の無意識の「正解」が、子どもの筆を止めてしまっていたのかもしれません。
正解を見せないことで生まれるもの
今回の芸術祭では、2つのワークショップがありました。
第2部では、落ち葉や枝、大きな松ぼっくりなどの自然素材を山盛りに用意しました。 すると、普段見かけない素材に目を輝かせた親子が、次々と自由な発想で作品を生み出していったのです。
「ああ、正解やゴールを提示しないことで、子どもはこんなにも自由にクリエイティブになれるんだ」
その光景は、驚きと感動の連続でした。
考える「余白」を大人がつくること
今の時代、小学校でもタブレットが配布され、とても便利な環境にあります。 ただ、廊下に掲示される子供たちの作品がどこか似通って見えるのは、道に迷わないよう「整備されすぎた環境」のせいなのかもしれません。
利便性にあふれた世の中だからこそ、あえて「考える余白」を残しておくこと。 そんな大人の意識が必要なのだと、強く気付かされました。

写真は、家の近くの公園へ落ち葉や木の枝を拾い集めている最中、お化けに返信している様子
それにしても、日頃から「エニタイムアーティスト」に親しんでいる子どもたちの想像力と行動力には、本当に脱帽でした。 キラキラした笑顔に癒やされ、私自身もたくさんの学びをいただいた、とても温かな時間でした。
貴重な時間をご一緒させていただき、感謝しています。
2025/12/31